#26_挨拶って苦ではないですか?

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お疲れ様です。

格安食材「豚3部位」を制覇した内向的bです。

前回までは食費節約の話をずっとしていましたね。
なので今回は気分を変えて、内向的な話…と言えるかはわからないですが、
内向的bの生態についての話をしようと思います。

閲覧者さまは、挨拶って苦ではないですか?

「おはようございます」
朝、職場や学校で人に会ったらそう挨拶しますよね。
内向的bはこの挨拶をすることに、少し心理的ハードルを感じます
返すのはまだいいのですが、こっちからするのが少し苦だなぁ…と思ってしまうのです。

理由として考えられるのは、

・そもそも人と遭遇することを避けたい
・人と無駄に関わりたくない、話したくない、挨拶レベルでも億劫
・朝が苦手なため、上記のような気持ちが底上げされている

あたりかと思われます。
内向的bは結構人嫌いな質かな?と自認しておりますww

遡ってみると…

思えば幼いころから、挨拶には苦手意識がありました。
自分の家に来たお客様に挨拶したり、親戚のお家にお邪魔したりする時に挨拶をするのも苦手、
いや嫌でしたね。本当に嫌でした。
頑張って、嫌だと思う気持ちをどうにかかみ殺してやってましたけども。
怒られるのが嫌だったから!

人見知りなせいもあると思うのですけど、それだけじゃないようなんですよね。
知らない人はもちろん、よく知っている叔父叔母さん達が相手でも、
挨拶するのは嫌
だったんです。

義務教育の頃は挨拶が義務というか、ちゃんとしないと怒られるだろうからと思って、
脳死状態で真面目に挨拶してました。

小学校の時からも挨拶自体には、あまり良い印象はないですね。
ありがとう、ごめんなさいはともかく、
「おはようございますって、そこまで頑張らないといけないんですか?」とか内心で思ってましたね。
「おはようございます」のあいさつ指導があんなに熱心なのはきっと、
挨拶をする基本を叩き込むためなのだと、今は納得できてます!

私は全般的に真面目な子どもだったので、真面目に無表情で挨拶してたと思いますww
真面目にしていた実態は、怒られたり何か言われたりするのが嫌だったから、
それを避けるためだけでした。
この頃から人にあんまり関わられたくなかったんですね。

だから、他の子がわざわざルール違反とか怒られることをしていたのが、不思議でしたね。
怒られたくなければ、そんなことしなきゃいいだけなのにって。

許せない2つの挨拶

内向的bは就職しても、挨拶への反抗心がうっすら残ってしまいました。
でも、挨拶は職場での人間関係を円滑にするためのツールであります。
そのことは重々承知しておりましたので、仕事の一環だと割り切ってやっています。
前述した通り、若干苦に思いながらも。
 
そんな内向的bには、2つほど許せない挨拶があります。
 
一つは…
飲み会の翌日に交わされる、「昨日はありがとうございました」的な挨拶、です。

この挨拶は部署によってする人の割合違うような気がしましたが、やる人は必ずいらっしゃいましたね。
するのが当たり前だという空気の部署もありました。
 
確かに、あの挨拶をする理屈は理解できなくはないです。
が!正直に言うと、内向的bにとってアレは…

意味わからん。
本当に意味わからん。

飲み会という苦行を、会費を払ってまで参加せねばならないのに。
なんとかやり過ごさなければならない、憂鬱イベントなのに。
それに対して、ありがとうございました?
はぁ?

おっと…
思いだしたらヒートアップしてきてしまいました。大変失礼しました…orz
そんな感じで内向的bにとっては、感情面では全く理解が及ばない行為なのでした。
そんなアレに対して内向的bの心は、


あ、あんなものに…
「こちらこそ、ありがとうございました」とか返さねばならぬのですか…

憂鬱イベントが行われたことに
「ありがとう」と感謝を言わねばならんのですか…!

これほど屈辱的で苦痛な「ありがとう」はないでしょうよ…!

と叫ぶのです。
あの御礼参り的な慣習は一体なぜ生まれてしまったのか…

仕事始めの朝の苦行…

内向的bが嫌、というかもはや受け付けられない挨拶がもう一つあります。
それは、新年明けて仕事始めの朝に行われる
「今年もよろしくお願いします」の職場内挨拶回りです。

何言ってんだ、そんなの当たり前じゃないか、と閲覧者様は思われることでしょう。
内向的bも、これは理屈としては分かっているつもりなんです。
するべき、挨拶だということは。

でも、感情が凄い拒否するんです…
胸のあたりにズドーンと重い石が乗っているみたいな感じになって、
周りが挨拶を交わす中、動けなくなってしまうのです。
そこまでの拒否感を覚え、それに心も体も支配されてるんです。
自分でも、なんでここまで拒否するのかいまいち分からないくらいです…

考えられる理由としては、

・挨拶への元々の嫌悪感
・通常のすれ違ったらするという挨拶のように受動的な行為ではなく、
 わざわざ挨拶をするために人間へ近寄るという能動的行為へ格上げしていることへの嫌悪感
・長期休み明けの朝に行われるという最悪のシチュエーションに、嫌悪感がさらに高まる
他人とよろしくしたくないという人間嫌いの部分が、「今年もよろしく」という言葉に反応してしまう

あたりかな、と思われます。
うわぁ…。
自分で書いておいてなんですが、これはヤバい人間ですね!

それでも新人の頃は、
郷に入っては郷に従え精神で、なんとか周りを見習って挨拶回りをしました。
でも、なんだか年々難しくくなってきているんですよね…。困ったことに。

前回はもはや自分から行く事はできず、
来た方になんとか挨拶を返すくらいしか出来なかったなぁ…はは…

そんな光景を見ていた上司からは、礼儀を知らないと思われたようで
「最初の日はこうやって挨拶回りするんだよ」と教えてもらいました。
内向的bは職場でも真面目にしているので、”知っているのに挨拶しない人”とは思われなかったんでしょうね。
…すみません、実は知ってました。

挨拶嫌いの理由を分析ぃ…

まあ、内向的bがここまで挨拶嫌いになるほど苦に感じるのは、
内向性とはそれほど関係ないのかもしれません。
人付き合いそのものが好きでないところが、大きく影響しているのだと思います。

ここまで読んでくださった閲覧者様はお察しかもしれませんが、
内向的bはかなり人間嫌いなんです…はい。
だから人付き合いのスタート行為である挨拶が、嫌で嫌で仕方なかったんだと思います。

怒られるよりはマシだから、仕事をする上で必要だから、
とか割り切れる範囲内ではできるんでけどね。

でも、できるからと言って心理ダメージがゼロな訳でもなく
なんだか、子供の時ほど脳死対応が上手くできてない気がするんですよね。
あ、
そうか、あれか!

子供の時は、
「子どもは大人の言う事に従うべきだから」っていう免罪符が効いてたおかげでしょうか?
となれば、
それに匹敵するような免罪符を探せばいいわけだな…!
そうだ!俺の戦いはこれからだ…!

というわけで、
内向的bは隠れ社会不適合者なんだぜ!
というお話でした。
 
もし、自分も挨拶が苦手だという方がいらっしゃったら教えてくれるとうれしいです。
挨拶苦手仲間が居たからと言って、何か変わるわけでもないですが、
内向的bの心のお守りにさせていただきたいので…

ではまた〜

★感想・アウトプット的スペース★  閲覧者様の思ったこと、聞かせてくれませんか…?

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